それでも生きる。

デイサービス勤務の理学療法士がゆるくて、ふかーい、人生哲学を発信していきます。

習慣と信頼

握手している人のシルエット | 無料のAi・PNG白黒シルエットイラスト

 

今週は、曇りが主役で、

 

それと、

 

秋晴れと、

 

雨が、

 

ころころと変わるような天気が続いていて、

 

寒さで肌寒くって、

 

低気圧よ、勘弁してくれと、

 

こころはざわつく、

 

そんなわたしで。

 

スタバのホットコーヒーに、

 

安心感を得るような今、

 

スタバにいることに暖かみみたいな、

 

そんなものを感じる。。。

 

ふと、今週読んだ本のある、言葉が、

 

ずーっとこころに引っかかっていて、

 

良いのか、悪いのか、

 

1つのことを、

 

どうしても、

 

ふかーく考えてしまうので、

 

文章にしてみようと、思い、愛用の

 

パソコンを開いて、

 

かたかたと打っているわたしで。。。

 

最近、読んでしまう作者は。。。

 

最近は

 

村上春樹伊坂幸太郎の本をついつい、

 

買ってしまうことが多いんだけども、

 

印象に残った本があって、

 

それは。。。

 

伊坂幸太郎

 

ゴールデンスランバーという本なんだけども。。。

 

(ネタばれ嫌な方は読まないように。。。)

 

 

あらすじは。。。

 

あらすじはというと、

 

主人公の青柳雅春という青年が、

 

ある日、日本の総理大臣の暗殺事件の犯人に、

 

仕立てられてしまって、

 

その、総理大臣暗殺事件の指名手配犯として、

 

政治、警察、マスコミ、国民すべての人たちから、

 

追われて、その逃亡劇をのすべてを、

 

仙台市を舞台に綴られたもので。。。

 

(もちろんフィクション)

 

アメリカのケネディ大統領暗殺事件が元ネタになっていて、

 

んで、暗殺をしたとされる人物が、

 

オズワルドという、

 

実は、指名手配に仕立て上げられ、

 

んで、暗殺されてしまうというものを

 

日本を舞台に

 

フィクションで描かれたものなんです。

 

親友の森田森吾という人物が。。。

 

主人公の、青柳雅春には大学時代の、

 

親友の森田森吾という人物がいて、

 

その森田森吾は、

 

爆弾が、仕掛けられている、

 

車から、主人公の青柳雅春を逃がして、

 

それで、

 

森田森吾は物語の早い段階で

 

車が爆発して

 

亡くなってしまうんだけども。

 

(マスコミでは爆発事故と嘘の情報を報道されて)

 

それで、

 

話が進むにつれて、

 

主人公が、これ以上、逃げるのは無理だろう

 

という状況の中で、

 

過去、森田森吾との会話がシーンみたいなものが、

 

回想されて、

 

森田森吾の言葉の数々が、

 

主人公の心を奮い立たせて、

 

最終的には逃げ切るんだけども、

 

んで、その言葉のうちの一つがどうしても、

 

あたまからはなれなくて。。。

 

人間にとっての最大の武器とは。。。

 

それで、物語の終盤で、

 

主人公は全国指名手配を受け、

 

逃げ続ける中で、

 

森田森吾が発した、

 

人間の最大の武器は

 

”習慣と信頼だ” 

 

という言葉を反芻して、

 

自分を奮い立たせて、

 

逃げ切るんだけども、

 

青柳森吾を知っている友人、家族、

 

事件に関わった人たちは、

 

主人公の行ってきた行動習慣と

 

かけ離れすぎている行動を、

 

マスコミは垂れ流すんですね。

 

んで、

 

その嘘の情報というものに、流されずに、

 

警察に殺されるかもしれない状況でも、

 

主人公を逃がすために、協力して、

 

結果、主人公が生き残れるように、

 

最後まで協力し続けたんです。

 

習慣と信頼とは。。。

 

それで、なにが言いたいのか。。。

 

習慣こそ信頼というものを作るんじゃないか。

 

と、この本を通して感じたことで。。

 

そもそも、

 

個性とは

 

すべて習慣というもので構成、

 

構築されていて

 

結果、

 

良い人、悪い人、適当な人、おもしろい人、

 

優しい人、明るい人、つまらない人、

 

とか、

 

そういった個人の物差しで、

 

信用、信頼していい人なのかを

 

認識されている。

 

んじゃないか、と思ったんです。。。

 

その人、個人の習慣というものが、

 

信頼を作る

 

だから、良い習慣のある人ほど、

 

信頼を得ることができる。し、

 

逆に、悪い習慣のある人ほど、

 

信頼を得ることが出来にくい。

 

信頼こそ、自分が生きていく上で、

 

呼吸をしやすくなるような、

 

酸素みたいな、そんなものなのかなぁ。

 

もしなにか困ったときに、

 

信頼のある人ほど、手を差し伸べてくれる人が

 

多いと思うし、

 

信頼がない人は助けてもらえず。。。

 

うまくいかなくなるのかと。

 

まとめると、

 

良い習慣は最大の武器になる。

 

シンプルに、そんなことが言いたいわたしなのかなぁと。。。

 

俺にとって

 

残っている最大の武器は

 

人を信頼すること

 

くらいなんだ。

 

ゴールデンスランバーより~

 

そんなことを書きつつも、

 

気分にムラがある私で、

 

信頼されるような人間ではないけど、

 

やらなきゃいけないことを、

 

先送りにしてしまうときもあるけど、

 

意識して生きていきたいなぁ。

 

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

 

 

迷走と夢中の途中。

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10月に入って、曇りの日が増えて、

 

台風14号はなんとか、いわきからは逸れて、

 

でも、一日曇りと小雨が降り続けていて

 

気圧差なのかどうなのか、

 

最近はいつもと変わらない、仕事量だったり

 

するんだけども、

 

なんとなく疲れたなぁと、

 

思うことが多くて、

 

気晴らしに、温泉とか、

 

本を読む時間を増やしたりとか、

 

気を紛らわすようなことを、

 

多くしている日々で。。。

 

最近は休憩することの大切さを、

 

わかってきていて、

 

体力のない自分を、受け入れながら、

 

ブログでも書くかと、

 

ふと、思いついてしまったわけで。。。

 

自分の傾向として。。。

 

自分の性格として、今まで気づかなかった部分だけども、

 

どうしても、物事を合理的に考えてしまっている、

 

癖があって、

 

今年に入るまでは気づかなかったんだけども、

 

今あるものをどうしたら、

 

活かせるんだろうか。。。

 

みたいな、

 

今やっていることをベースに物事をどんなふうに

 

進めていければいいのか、

 

と、

 

効率最優先みたいな、

 

自分の良いところでも、

 

悪いところなんだなあ、、、と

 

思うことがつくづくあって、

 

必要最低限のことだけに、

 

目が向いてしまうあまりに、

 

他の部分を、おろそかにしてしまうことが

 

とても多くあるんです。。。

 

(具体的な話はまた今度で。。。)

 

これからの自分はどうしたいんだろうか??

 

それで、そういう合理的な性格の自分は、

 

最終的にはどうなっていたいんだろうか?

 

と、いわば、ゴールがあやふやになっていて、

 

合理的な性格ではあるんだけども、

 

やりたいことがたくさん、ある自分という、

 

いわば、矛盾の塊が自分に押し寄せていて、

 

介護現場での、リハビリというものの中に、

 

おもしろさをすごく感じている自分。。

 

それと、

 

ずーっと言い続けてきた、

 

アメリカに留学して、

 

アスレチックトレーナーの資格をとって、

 

アメリカで働きたい、という、

 

そこにチャレンジをしたい、

 

と、思っている自分の、

 

せめぎあいの中で、

 

結局自分はどうなっていたいんだろう?

 

という本質的なところの、

 

問いの答えみたいなものが、

 

出せていない自分がいて、

 

いわばブレブレの自分が、

 

なんというか、それぞれの意見を交わしているような、

 

そんな状況でして。。。

 

本質的な答えとは。。。

 

んで、自分なりに考えていることではあるんだけど、

 

前までの自分は、

 

なにか、大きなことをやりたい、

 

とか、ほめられたいだとか、

 

そんな承認欲求みたいなものを、

 

求めていた自分がいて

 

(今でも、承認欲求みたいなものはあるんだけども。。。)

 

そんなわけで、

 

なにかかっこいいことをしたいとか、

 

すごいと思われたいだとか、いう

 

自分がなにに満足するかという基準より

 

他者のものさしに自分がぶれてしまうような、

 

そして、どんなやり方がいいのだろうか、という

 

方法論みたいなところばかりを

 

考えていたんですね。。。

 

(書いていて恥ずかしいですが。。)

 

だから、自分がどんな状態のときが幸せなのか、とか、

 

なにに、満足をしていて、

 

どんなことはしたくない、とか、

 

大事なことは、自分がどんな状態になっていたいのか

 

そんなことをベースに物事に取り組んでいなかった。

 

から、方法論みたいな、

 

他者の評価軸で、進んでいたんだろうなぁ。。。

 

んで、その本質的なところとは。。。

 

それで、その、本質的な状態を考えた時に、

 

ほんとうにシンプルで、

 

自分自身は

 

①物事に夢中になっていたい。

 

②ありがとうと言われたい。

 

③好きな人と仕事をしていたい。

 

特に上2つが自分にとっての、幸せの本質で、

 

その本質が満たされているのであれば、

 

なにをやっていてもいいなぁと、

 

最近、考えにふけっていたわけであって。。。

 

”夢中になれている状態”こそ、本当の意味の夢になるんじゃないのだろうか。

 

夢を持ちなさい、とか、

 

やりたいものがなきゃだめよ。とか、

 

欲がないんじゃだめだよ。

 

とか、言われることもあるとは思うんだけど、

 

個人的には少し違うなぁ、

 

と、思っていて、

 

続けていたら、それが、やりたいこと、

 

になることが大切なんじゃないのかと。

 

無理やりつくるものでは、なくて、

 

こう、自然発生していくような、ナチュラル的な、

 

そんな、モノなんじゃないだろうか。

 

夢っていうものは

 

自分が心のそこから満たされているような、

 

状態や概念みたいな

 

そんなもんじゃないのだろうかと思っていて

 

○千万、〇億稼いでいる、とか、

 

そういう可視化できるものを、

 

夢みたいなものにしても、

 

結局、欲しいものみたいなものはどんどん、増えていくもんで。。。

 

もので満たされるのは一瞬なわけ、と、

 

結局可視化できるものは目標になるだけで、

 

夢とは別の話。

 

と、おもっている。。。

 

子供たちにも、

 

そこに気づかせることこそが自分たち、

 

大人の役割であって。。。

 

(わたしの年齢は27歳。こころは中学生ですが)

 

目標を持ちなさいではなくて、

 

その目標をかなえた先には自分がどんな状態になっていたいのか、

 

それを伝えてあげることがだいじなのかなぁ。。。

 

人生に対しての無気力感と、むなしさとか、

 

そういったものを

 

減らせるんじゃないかと。。。

 

 

それで自分の価値観と向き合わないあまりに、 

 

夢というものを

 

他者の物差しでつくってしまう、

 

無理やり作ってしまうあまりに、

 

今目の前にやっていることをおろそかにしてしまっていたり、

 

目標をかなえてしまったあとの、

 

完全燃焼後の無気力的な、

 

していたら、いわば、

 

自分と向き合うことから、

 

かけ離れてしまう状態に

 

なってしまうんじゃないだろうか。

 

結局なにを言いたいかというと、

 

やっていることは関係なくて、

 

自分の価値観と向き合って、

 

なにか夢中になっている状態を作り出すこと、と、

 

自分の満たされれている概念的なものをかなえるために

 

チャレンジしていることこそが、

 

人生を有意義なものにしていくものでもあるのかなぁ、と。

 

 夢を実現するための鍵は、成功することではなく、

 

その意義について目を向けること。

 

そうすれば、

 

過程における小さな一歩、

 

小さな成功が大きな意味を持つことになるわ。

 

オプラ・ウィンフリー

 

 

そんなことを書いていて、

 

考えがころころ変わってしまう自分に、

 

自分自身が困ることがたくさんあるんだけども、

 

こいつは、なにか夢中になっていたいんだろう

 

と、言う目で見ていただければ。。。

 

結局、迷いながらも夢中になって進む。。。

 

そうなってしまう。。。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 

 

 

見方と世界。。。

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5か月ぶりのブログ更新。

 

いわきの天候は、秋本番で、

 

徐々に気温が下がってきている今日この頃で、

 

最近、利用者さんと話していても、

 

1か月というものが、あっという間で、、、

 

時間というものと。。

 

年齢というものとを。。。

 

これからの自分という生き方をどんなふうに

 

していきたいんだろうと。。。たまに、

 

自問自答の日々で。。。

 

でも目の前のことに追われる日々で。。。

 

まぁ、時間というものはほんとうに、早くて。。。

 

もう○月ですねぇを何回も繰り返しているうちに、

 

今年もあと3か月も切ってる今日この頃で。。。

 

英語勉強を初めて、一年が経ちました。

 

中学校、高校は英語が本当に苦手で、

 

英語なんていうものに触りたくもなくて、

 

教科書の長文なんて読んでるうちに気づいたら、刻刻と、眠りのなかに、

 

入っている自分がいて、

 

そもそも、英語をなぜ勉強する必要があったのか、なんて、

 

考えたこともなくて、

 

記念受験をしたセンター試験では、

 

80点くらいしかとれない自分。

 

野球部だったんだけど、

 

英語は睡眠の時間だと、という位置づけをしていたんだな。。。

 

(本当に恥ずかしい。。。)

 

その結果、苦手なものにどうやって取り組めばいいのか、

 

どうすればできるんだろうかという思考に

 

たどり着く前に、

 

やりたくないという感情。

 

ゴキブリを見た瞬間に、目をそらしたくなるような、

 

そんなもので、あたまの中が真っ白に

 

そんな感覚だったんだと思う。。

 

何事も最初はストレスで。。。

 

英語を勉強して、3か月間は、本当にストレスで。。。

 

なにから手を付けていいのかわからなかったから、

 

とりあえず、簡単な文法書と単語帳を買って、それをやり続けて、

 

それが全くおもしろくもなく、ストレスをため、

 

でも自分で決めたことだから、、、

 

と、無理にでもやり続け、気づいたら、

 

頭痛と熱発を繰り返し。。。

 

こんなんじゃ、続くわけがない。。。

 

と、やり方を思考錯誤していったわけで。。

 

こうなりたい!!という自分の夢というものだけで、

 

メンタルだけでただただ乗り切っていたわけで。。。

 

(やりたいという動機こぞ最強のモチベーションだったんだけども。。)

 

続けるなかで意味が生まれていく。

 

そんなこんなで、3か月くらいして

 

英語の勉強法みたいなものから、

 

勉強することから始めた自分で。。。

 

その結果、

 

自分のレベルにあったやり方みたいなものを、

 

1周回って、

 

ほんとうに大切なんだと、

 

府に落としている今日なんです。

 

最初は、難しいものばかりを、、TOEFL勉強!ビジネス英語を!!

 

みたいな、そもそもキャッチボールすらできない野球チームが、

 

大阪桐蔭に勝てるのか、というレベルの話で、

 

基礎すらできない人間がどうとにもなるわけがないということなんです。

 

自分がどうやったらストレスを減らして、触り続けることができるのか。

 

1日5分でも10分でも無意識にでも

 

英語というものを日常生活の一部というレベルで作ることができるのかを

 

考えることが大切なんですね。

 

今現在勉強としては。。。

 

リスニングは、洋画日本語字幕と英語字幕)、洋楽

 

リーディングは洋書(簡単なものから)、英語の辞書

 

ライティングは英語日記、Twlitterに投稿

 

スピーキングは英会話、独り言

 

と、インプットを行うことが多かったから、

 

英会話を初めて徐々にアウトプットという

 

ものに変わっていってる今日この頃で。。。

 

どのくらいTOEICTOEFLの点数が上がっているかはわからないんだけども。。。

 

(11月にTOEICを受ける予定です)

 

点数という側面じゃなくて

 

自分の行動というものをみたら、

 

だいぶ成長できてるのかなぁ。。。

 

なんて。。。

 

過信してしまったらごめんなさい。。。

 

と思ってしまう自分で。。。

 

続けることから見方が変わる

 

結局なにが言いたいのかというと、

 

続けることができるということから、

 

繰り返せばできるという、

 

物事への取り組み方が変わるんです。

 

あたりまえだけども、

 

そもそも、一回聞いてやれる人は、

 

それ以前の過去に積み上げてきている努力があって、

 

その表層しかみてなかったから、

 

自分はできないんだという観念にとらわれていた、

 

過去の自分がいたわけであって。。。

 

努力から逃げていたんだろうなぁ。。。

 

見方が変われば思考と言葉と。。。

 

英語を学ぶということを通して、

 

生活期のリハビリというものの見方が変わって、

 

その人個人の能力に対して、

 

習慣というものを作りあげること、と、

 

同じことを繰り返し行うことで、

 

予後予測が

 

ポジティブなものになるんじゃないかと、思うようになった。

 

そして実際に、

 

良くなっている人たちもたくさんいる。

 

認知症と言われている人たちでも、

 

繰り返し物事を練習すれば、

 

覚えられるようになる人も、

 

出来なかったことができるようになる人もいる。

 

今はできないけど。。。

 

きっと、努力さえすれば、

 

3か月後には、、、

 

6か月後にはよくなってるって、

 

想えることが増えたし、

 

そして、

 

努力している人の

 

行動と思考から、

 

ぜったいに良くなっていくってと思う。

 

人を見る目線も変わっていく。

 

行動をみて、

 

良くなる前提で物事を提案できる。。。

 

今、この瞬間、自分のやっていることが

 

一見、別のものとかけ離れていても、、、

 

もっと、おおきな視点から見れば、

 

別のことにも物事というものは、

 

つながっていて、

 

そして、

 

一つのことだったり、

 

今、目の前のことに向き合っていくことを通して

 

自分の見方が変わって、

 

そして、一人の人でも自分と出会って、

 

変わってくれた人がいたんだったら、

 

ほんとうの意味で世界を変えたといえるんじゃないだろうか。。。

 

やってるうちは辛いけども辛いことのなかに、

 

おもしろいことがたくさんあるんじゃないのか。。。

 

ちなみに、英語はまったく話せません。

 

これからできるようなりますように。。。

 

最後まで読んでくれてありがとうございます。。

あのひと、認知症だから。

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私はデイサービスでリハビリという立場で、

 

働いているんだけども、

 

午後のリクリエーションをする前に、

 

20人~30人ほどの、

 

利用者さんの前で、

 

体操をやることが多い。

 

その時に、かならずといって

 

良いほど、

 

認知症』の診断がついている、

 

それと、

 

その疑いにある人達が、

 

「つかれるからやらない」

 

とか、

 

「窓あけてっと寒いか閉めて!」

 

とかとか、

 

挙句の果てには、

 

急に立ち上がって、みたりとか、

 

脈絡のないことを大きな声で、

 

言ってみたりとか。。。

 

こころに余裕のあるときは、

 

笑い飛ばせるんだけども、

 

時間に追われていたりとか、

 

体調が思わしくないときは、

 

いらっとしてしまったりすることが、

 

あって、

 

やっぱり、

 

いらっとすることっていうのは、

 

自分の常識の範囲を超えること、

 

自分の物差しみたいなものでは、

 

その人たちの感覚がわからないから、

 

そもそも、

 

そのような人たちって、

 

どのように考えてんだろうって、

 

疑問に思って、

 

一冊の本を読んでみたんです。。。

 

医師、長谷川和夫とは

 

著者の長谷川和夫医師は、

 

認知症』の診断の物差し、となる、

 

長谷川式簡易スケールを開発した、

 

認知症医療と、ケアの第一人者として、

 

知られる、長谷川和夫先生で、

 

『痴呆界の長嶋茂雄のような、存在。

 

認知症と名付けたのも、

 

長谷川先生で、

 

そんな、認知症の専門学医、

 

自身が

 

認知症になった立場で、

 

本を執筆され、

 

認知症になった人の気持ちが、

 

ありのままに、

 

綴ってあります。

 

認知症とはそもそもなんだろうか。

 

認知症の定義としては、

 

『青年期以降に、記憶や言語、知覚、思考などに関する脳の機能の低下が起こり、日常生活に支障をきたすようになった状態』

 

認知症でも、原因と症状というのは、様々で、

 

大きくわけると、

 

アルツハイマー認知症

原因:脳内に異常タンパクがたまって、血流が行かなくなってしまい起こる。

症状:昔のことは覚えているが、最近のことは忘れてしまう。緩やかに進行。

 

②脳血管性認知症

原因:高血圧や糖尿病などの生活習慣病

症状:脳血管障害によって、引き起こされる。障害部位によって症状は様々。

 

レビー小体型認知症

原因:レビー小体という異常タンパクがたまり、脳神経細胞が破壊されて起こる。

症状:幻視、幻聴、手足のふるえ、筋肉が固くなるなどパーキンソン病と似た症状。小刻み歩行で転びやすくなる。

 

④前頭側頭型認知症

原因:前頭葉、側頭葉の委縮。

症状:怒り易くなったり感情の抑制がきかない。ルールが守れないなど社会性低下など。

 

 他にも、

 

 MCI(軽度認知障害)といって、

 

日常生活に障害をきたしていないけども、

 

認知機能機能が低下している人のことで

 

2012年に認知症の診断を受けたのが462万人に対して、

 

MCIの人は400万人とされているとのこと。

 

長谷川和夫医師は、嗜銀顆粒性認知症(しぎんかりゅうせいにんちしょう)といって、

 

進行は比較的緩やかで、物忘れのほか、怒りっぽくなると、

 

言われているようです。

 

認知症の本質は、今までどおりの日常生活が送れないようになること。

 

やはり、先生自身も、

 

自分言っている言葉が、

 

時折、

 

はちゃめちゃになったりしているようで、

 

読売新聞編集委員の猪熊律子さんと、

 

共同で、執筆にあたっている。

 

長谷川先生、曰く、

 

人間の本質は変わることなく

 

昨日の連続の中に今の自分がいて、

 

好きな読書も、音楽も、絵も、

 

変わらない。

 

ただ、

 

1日のなかで、

 

朝は調子が良くて、

 

昼から夕方になってくると、

 

疲れて、頭に入らなくなって、

 

足も動かなくなってきたり、

 

言われたことを忘れてしまう、

 

でも、

 

人格は突然変わらないし、

 

昨日と連続した、

 

今日の自分が、

 

居続けていて、

 

人間の本質は、

 

今も昔も同じで変わらない。と。

 

でも、少しずつ、

 

足が動かなくなってきたり、

 

記憶が飛んだり、

 

確かなことに疑いを感じたり、

 

苦しい、つらいと思うことが増えて

 

生活を送りにくくなっているんだ、と綴られていた。

 

記憶がなくなっていくことがなによりも怖い。

 

私は昨日の記憶が確かであると、

 

認識している。

 

10分前に話したことも、

 

すべて自分の記憶が確かだという、

 

世界の中で生きていけている。

 

でも、認知症の人たちは、

 

その文脈というものが損なわれていて、

 

その苦しさの中で生きている。

 

毎朝起きた時に、

 

知らない人に声をかけられて、

 

知らない人が自分の名前を知っていて、

 

知らない環境に囲まれている。

 

わたしは記憶の中で自分というものを認識できていて、

 

好きな人や、

 

好きな場所とか、

 

そんなものを選べている。

 

そして、その中で

 

生き続けることができていて、

 

それも記憶というもののおかげ。

 

そして、その、記憶という名の経験があるから、

 

成長ができている、

 

という実感につながっているのかもしれない。

 

記憶があるから意味がみつかるんじゃないか。

 

多分、あたりまえなのかもしれないけど、

 

いま、自分には

 

過去の記憶がある。

 

ということはあたりまえで、

 

過去、私がいじめられた経験も、

 

高校受験の志望校に落ちた経験も、

 

野球でうまくいかなかったことも、

 

昨日の食べたごはんも、

 

さっき読み終えたこの本も、

 

すべて、過去起きたことすべてに、

 

意味付けができているから、

 

今の自分がいる。

 

なりたい自分になろうと、

 

ありたい自分であろうと、

 

思えている。

 

これからも

 

頑張ろうと思えている。

 

生きているという実感がある。

 

でも、認知症の人たちは、

 

家族と話したこと、も、名前も、

 

過ごした時間も、

 

隣人との会話も、

 

過去好きだった趣味も、

 

その瞬間、事象を覚えていることもできなくなる、

 

意味を持つことが出来なくなる。

 

今から見た過去がいなくなっていく。

 

だから、自分が今なにをすればいいか、

 

わからなくなる。

 

記憶がなくなることは、

 

今この瞬間、なぜ、なんのために、

 

自分は生きているのか

 

わからなくなる。

 

そんな感覚を知ろうと、

 

することができたら、

 

記憶がない人たちの言葉や、

 

恐怖に、

 

耳を傾けられるし、

 

共感もすることが

 

すこしでも、できるのかもしれない。。。

 

ボクが認知症であることを公表した理由は

 

「自分自身がよりよく生きていくため」

 

といってよいだろうと思います。

 

自分が生きているあいだに、

 

人さまや、社会のために、

 

少しでも役に立つことをしたい。

 

役に立てるかどうかはわからないけれど、

 

認知症のありのままを伝えたい。

 

それが生きていく道だと思ったのです。

 

 

 認知症なんてものはただの言葉であって、

 

ひとくくりにできるようなものではない。

 

すべての人は自分とは違う経験をしてきた人間、

 

記憶があるなしとか、

 

そんなことではなくて、

 

一人の人間として、

 

そんな、人たちの世界観を共感していけたら。。。

 

 

完璧な文章を書きたい。

 

 

私はいろいろな経験をしてみたいと思っている。

 

でも、

 

私はこれまでに1番を取ったことがない。

 

しいてゆうなら、

 

野球のスポ少に所属したころは、

 

ピッチャーで背番号を1番をもらったくらいで。。。

 

それ以外、1番を経験したことが、ない。

 

でも、中高の野球部では(控えだった)

 

学校のテストでも(中の上くらい)、

 

徒競走でも(3番か4番くらい)、

 

今まで、、、なんでも、

 

1番というものをとったことがなくて、

 

ふかーく考えることをしてこなくて、

 

その、

 

おおざっぱな自分の性格に関係しているのかなぁ

 

なんて、やっぱり、こういうとき、

 

よくわからない理由をつけて、

 

自分の見方をマイナスに、

 

そんな見方をして、

 

軽い竹棒で、

 

つっついて攻撃する、

 

そんな

 

自分がいてしまう。。。

 

細かいところまでを伝えるのが苦手である。

 

私はすごーく、おおざっぱで、

 

文章を書いてても、

 

細かいところまで

 

書くことが苦手で、

 

やっぱり、いろいろな人の

 

ホームページやブログを見てみると、

 

すごくきれいに、まとまってて、

 

もう、適切で、きれいに、まとめてあって(くりかえし)

 

その影響も受けて、

 

ワードプレスとかも始めたいなぁ

 

なんて、思ってはいるんだけど、

 

システム上の方法論は置いておいて、

 

とりあえず今は、習慣化できるまでは、

 

こはちょっとおいとこうなんて、

 

思っている最中で。。。

 

完璧な文章にしたいとは思ってはいたけど。。。

 

自分の書いている文章が、

 

やっぱり主観的に読むと、

 

伝わりやすいものなのか、

 

不安だったりもして、

 

やっぱり、なんでも、

 

やり方っていうのは、

 

学ばなきゃいけないって思って、

 

初めて文章というものを学ぶために、

 

本を買ってみたんです。

 

そもそもなぜ文章を書くのか。

 

やっぱり、ブログを続けていくうちに、

 

文章ってなんだろうか、と

 

書きながらも見失うことがあって、

 

どんなふうに書くのがいいのかなぁとか、

 

もっと文章を完璧にしたいなぁ、なんて、

 

思っていたけども、

 

そもそも文章の本質というものは、

 

読ませるために書くものではなく、

 

行動させるために書くものだ。

 

 

 が、メンタリストDaigoさんの

 

答えみたいなんです。なるほど。

 

大事なことは、行動させるために、書くものが文章であって、

 

ブログという媒体では、

 

完璧に書いた文章が、

 

人の行動を変えられるか、というと。、

 

本質から、ずれてしまうんですね。

 

人の行動にいきつく文章とはなんなのだろうか

 

読んでいくと、、、

 

ひとの行動に行きつくための文章には

 

3つの原則があるみたいで、

 

原則1 あれこれ書かない

 

原則2 きれいに書かない

 

原則3 自分で書かない

 

大事なことは、、、

 

ようするに、

 

原則1 伝えたいことは1つに、

 

原則2 論理ではなく感情を、

 

原則3 だれが読むのかをイメージして、

 

書くっていうことみたいです。

 

誰が読むのかをイメージしてっていうところが、

 

まだ、やり切れてないような気がして、

 

自分の書きたい文章を書いているような、

 

感じがして、少しずつ、

 

改善していきます。。。

 

文章も人間も完ぺきではないものに魅力を感じるのではないか。

 

やっぱり、なにかに、取り組む以上は

 

完璧に、こなしていきたいと思って、

 

最初から、最後まで、

 

使っている言葉の意味は

 

間違ってないかとか、

 

句点がおおいなーとか、

 

そんなことを思っていたけども、

 

そうではなくて、

 

どんなことを伝えたいかっていうことを、

 

こころをのせて

 

ありのままに書くと、

 

伝わりやすくなるんじゃないか。

 

論理も大事だけど、

 

論理以外のなにかみえないチカラみたいなものが

 

くずれているものから、

 

伝わるのかなぁ、

 

なんて、そんなことをこの本から、

 

学びました。(テクニックとかもたくさんかいてありますよ)

 

して、思ったことは、

 

文章も人間も、本質は同じで、

 

感情を揺るがすような人は、

 

ワンピースのルフィとか、

 

ナルトとか、(漫画がわからない人はごめんなさい)

 

未完成な人たちに魅力を感じることがあって、

 

がんばってほしいっていう、

 

想像が、

 

感情を動かされてしまうのかもしれない。

 

完璧を目指すけど、

 

完璧になりきれない自分を、

 

認めてあげられたら。。。

あたりまえだろ。

 1年が経ちました。

 

去年の今頃に、

 

以前勤めていた病院を辞めて、

 

1年が経ちました。。。

 

辞めた自分の決断は正しかったのか。。。どうか。

 

は、これからまだまだ、

 

わからないけども、

 

少なくとも、

 

この1年は短かった、なんて言えなくて、

 

今でも頭痛が出るくらい

 

辛いことが多くて、

 

でも、

 

振り返ってみると、

 

この1年間は、

 

チャレンジしたことがたくさんあって、

 

全く、

 

自分の選んだ道を後悔なんて

 

していない自分がいる。。。

 

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変化はほんとうに怖い。。。

 

以前の職場を辞めるときは、

 

ほんとうに、これからは、

 

大丈夫なのかと、

 

不安に思っていたのを覚えている。

 

少し、ノリと勢いもあったけど、、

 

でもやっぱり、

 

不安は強くあって、

 

親がやっている、デイサービスで、

 

働くっていう、

 

決断をした、3年目のまだなにも、

 

仕事も板についてないような、

 

未熟な、ペーペーの

 

理学療法士が決めた決断っていうのは

 

当たり前だけども、

 

病院という環境では、

 

理解され難くて、

 

ある一人の上司に相談したら、

 

案の定、

 

めためたの、こったこたに、

 

絶対、やめたら後悔するという、

 

風に言われて、

 

後悔する、しない、を決めるのは

 

私であって、

 

なぜ、後悔することを、

 

決めつけられなければならないのか、

 

よくわからなかったけど、

 

否定されまくったら、

 

さらに、怖くなって。。。

 

しかも、

 

これをしたい、っていう

 

これからこんなことをやってみたいって

 

想っているような、

 

本質的な話しなんか、聞いてもらえるわけなくて

 

それで、

 

ずーっと、悶々としていたのを

 

覚えてる。

 

そのあとに、あらためて、

 

ほんとのほんとに、人として尊敬している上司の方に、

 

相談したら、

 

業務後のくらーい、廊下で

 

時計の針は8時を回っているのに、

 

たくさん、

 

話を聞いてくれて、

 

涙、涙で、言葉にして、

 

本質的な言葉がたくさん出てきて、

 

しかも、

 

その言葉の背中を押してくれて、

 

あらためて、

 

辞めるという決断に至ったこと、

 

を今でも覚えている。

 

この一年は変化が大きい一年で。。。

 

この一年間はやっぱり、

 

デイサービスで働く。

 

出張整体にチャレンジしてみる。

 

アメリカに渡って、現場をみて、アスレチックトレーナーという仕事にあこがれる。

 

それで、英語を勉強している。

 

ブログという媒体で自分の想いみたいなものから、発信はする。

 

という、日々、新しいことにチャレンジするということの連続と、

 

自分のできないとい思い込みをなくすって

 

いうものをひっくり返している最中で、

 

去年の今から、

 

1年経った今日まで振り返ると、

 

過去の自分とはまた違う自分で、

 

自分で、自分の道を選べてる

 

なんて、思って、

 

当たり前のことだけど、

 

当たり前の考え方みたいなことが

 

出来ていなかったなんて思って

 

いる、今日この頃で。。。

 

 

一年経って、一番変わったことは。。。

 

一年経って、

 

一番変わったことは、

 

比べている対象が変わってきている、って、

 

思っていて、

 

んで、

 

その、比べているものっていうのが、

 

『周り人間 対 自分』ではなくて、、

 

『過去の自分 対 現在の自分』 

 

というものに変わってきてる。

 

物療の機械を深く勉強して使えるようになったり、

 

以前読めなかった、簡単な洋書が読めるようになったり、

 

まだまだ、できないことはたくさんだけど。

 

新しい環境を選んで、

 

自分で選んだという責任が、

 

自分を育てているのかもしれない。

 

今いる場所の自分を客観視するようになった。

 

比較対象が、

 

『過去の自分 対 現在の自分』 

 

というものへ、だんだん、変わってきているのも、

 

環境の変化というのが大きくて、

 

いろいろなことに

 

チャレンジさせてもらえるような

 

環境、

 

当たり前みたいなことを

 

押し付けられないような

 

環境、

 

だからこそ、

 

余計な、

 

自分とはまったく違う人たちの

 

枠にとらわれないように

 

生きていけているのかもしれない。

 

以前、いた環境と、

 

今、いる環境の中で、

 

やり方も、あたりまえも、全く違くて、

 

そんなことを考えると、

 

当たり前とはなんだろうか。

 

って思うこの頃でいる。

 

あたりまえとは、誰かが決めたルールや物差しでしかない。

 

そんなことを考えると、

 

当たり前とは、誰かのルールや、物差しでしかなくて、

 

必要なことは、

 

その枠の中にいる人たちの決めた

 

見方や価値判断が

 

自分にとっては、

 

自分らしく在れているのだろうか、と、

 

自分は成長できるんだろうか、と、

 

疑問を持つこと

 

今の自分を見直すことに大事なのかもしれない。

 

そのあたりまえな見方が

 

自分にとって、

 

自分だったり、その周りの人たちも

 

成長できるって思えるような、

 

ルールや物差しであるような

 

場所にしていこう。。。

 

自分たち地球が
 
宇宙の中心だと考えているという考えに
 
かじりついていた間
 
人類には宇宙の本当のことがわからなかったと同様に
 
自分ばかりを中心にして、物事を判断してゆくと、
 
世の中の本当のことも、
 
ついに知ることができなくなってしまう。
 
大きな真理は、
 
そういう人の目には、うつらないのだ。 

 

自分のあたりまえは、相手にとってのあたりまえではない

 

自分はもしかしたら、

 

おかしいのかもしれない、と

 

一歩引いて、自分を見ていこう。

人生を変える1冊との出会いを。

 読書の時間|無料の写真素材はフリー素材のぱくたそ

 

私自身、本は、月に5冊以上は読んで、

多いときは10冊くらい読むときがあります。

 

それはなぜかというと、

自分の心は弱いから。で、

 

つらくて倒れたときに、

また、立ち上がるためにも、

 

本にしがみつくようにして。。。

 

読んでいます。

 

コロナの時だからこそ。。。

 

これからへの不安しかない方、

 

新しいことにチャレンジをしている方とか、

 

それ以外の人にも、ぜひぜひ

 

読んでほしい作家、

 

喜多川 泰氏の書籍を紹介します。

 

 

’98年に横浜で、笑顔と優しさ挑戦する勇気を育てる学習塾「聡明舎」を創立されています。

 

人間的成長を重視した、まったく新しい塾として地域で話題となる。

 

その後は、作家として活動されており、全国で講演会を行い、指導者への教育も行っている方です。

 

 喜多川泰氏の人生を変える おすすめ3冊

 

デビューから2冊目の君と会えたからでは、10万部、「また必ず会おう」と誰もが言ったでは12万部、手紙屋、手紙屋雪蛍編、運転手など、計85万部を超えるベストセラー作家となっています。

 

「喜多川ワールド」と呼ばれるその独特の世界観は、小学生から80代まで幅広い年齢層から愛され、その影響力は国内に止まらず、現在は多数の作品が台湾・韓国・中国・ベトナムでも翻訳出版されています。

 

今回紹介する3冊以外にもたくさんおすすめの本はありますが、

私の独断と偏見で選ばせていただきます。。。

 

1冊目「また必ず会おう」と誰もが言った。

あらすじ

高校生の秋月和也は嘘つきでプライドが高い。

冒険はクラスメイトへの嘘から始まる。。。

その嘘のつじつまを合わせるために、親へ嘘をつき、東京へ一人で行くことに。

しかし、帰りの飛行機に間に合わず、空港に一人で残ってしまう。。。

そんなときにある女性と出会い、たくさんの人たちの力を貸りて、実家の熊本へ向かうことに。。。

 

感想

主人公が、ハプニングというものから、

ハプニングを楽しむ旅に変わっていく。

そして、その中で、出会う人たちの言葉で、

主人公の思考が、行動が、人格が、変化していく姿に心を打たれました。

 

ポイント

人との出会いの大切さ、

人からもらう言葉の影響力、

今、この瞬間は本気で生きることの大切さを教えてもらえる一冊です。

 

ええか、兄弟。おまえの人生はおまえのもの。

すべてお前の責任で起こる。

相手が大人だろうが、先生だろうが、

いいなりになってなにかを手に入れようなんて思ったところで

おまえはおまえらしさを失う、

そして、それによって起こることを自分のせいじゃなく、

他人のせいにして生きる。わかるか?

 

 

 

2冊目 ソバニイルヨ

あらすじ

勉強が嫌いで、周囲の目ばかりを気にして

日々過ごしている隼人。

さらに、些細な出来事がきっかけで、

仲の良かった友達との関係がもつれ、

孤立することになってしまった。

 

ある日、自分の部屋に帰ると、

そこには見慣れぬ大きな物体が。。。

それは、長期不在になる父親が残していった

ロボット・ユージだった。。

 

感想

主人公がいじめという経験を受け、

苦しんでいる姿に、過去の自分を投影してしまいました。

いじめを受けた経験から、なにを学ぶのか

人生で起こるすべてのものこそ勉強になるんだと、

この一冊を通して感じさせられました。

中学生の時に、ロボット・ユージに出会いたかったと、

想えるような物語です。

 

ポイント

学ぶということはどういうことなのか。

今が苦しい、と思っている人が

自分らしく生きることの勇気をくれる、一冊です。

 

人にはすきなことを言わせておけばいい。

これをやったら人からどういわれるか、

こんなことを言ったら、人がどう思うか……。

そんなことを気にしてばかりで、

自分の人生でやりたいこともやらずに、

言いたいことも言わずに人生を終えていく人が

たくさんいる。

すごくもったいない。。。

・・・

たった一度だけの人生。

隼人は、他の誰かの価値観に合わせることに費やすんじゃなくて

自分の価値観にもっと正直に生きるべき。

 

 

3冊目 「手紙屋」~僕の就職活動を変えた十通の手紙~

あらすじ

就職活動に出遅れ、就職に思い悩む大学4年生の僕は、

とあるカフェで奇妙な広告と出会う。

10通の手紙をやりとりすれば、

夢を実現させてくれるというのだが。。。

 

主人公が手紙屋とが10通のやりとりを通して成長していく物語です。

 

感想

仕事に追われていて働くことが辛いと思っているときに読みました。

改めて働くことの意味を知り、歩みを止めない自分でい続けることが出来ました。

働くことがつらい、なぜ働く必要があるのか。。。

お金とはなんなのか、学生の時に読んでおけばよかった。

とも思いました。

仕事をすることの意味お金の本質を教えてくれる物語です。

 

ポイント

なぜ仕事をするのか。お金とはなんなのか、

学生、転職を考えている方、日々の仕事に追われている社会人の方

にもおすすめの一冊です。

 

人生の目標を持った時から、

 

あなたの人生が始まる。

 

目標をしっかり持てば

 

“今日を生きる”という確固たる生き方ができる。

 

 

本には、今、この瞬間を変える力があります。

 

行動を起こそうかどうか、

 

迷ったとき、、、

 

人間関係で悩むとき、

 

家族のことが気になるとき、、、

 

悩みで心が張り裂けそうなとき、、、

 

そんなときに、助けてくれるのは

 

いつも、大好きな友人、同僚、

 

家族や、

 

恋人だったり、

 

そこには必ず誰かの言葉があります。  

 

本も同じで  

 

こころに問いかけてくれるような

 

行動を変えてもらえるような

 

言葉が   たくさんあります。

 

喜多川泰さんの本を通して、

 

人生を変えるような、   そんな経験をしてみませんか。